1. 開発のきっかけ
2011年3月11日、東日本大震災が東北を襲った。この時私は、岩手県の高等学校で教員をしていた。尋常ではない激震に、これがただの地震ではないことを確信した。
同年4月に、私は本学へ移籍をし、本来災害医療の中核となる病院の多くが被災し、医師達にとって過酷な環境での活動がおこなわれていることを知った。このことが、日本初となる移動型緊急手術室開発のきっかけとなった。開発にあたり、八戸市立市民病院の今明秀副院長へ助言を求めた。今明秀副院長から、日常の救命業務で使用できるものでなくては災害時には使えないとの指摘を受け、日常的に使用できるものを開発することとした。
2. 試作1.2号機の開発
災害?救急医療では、いかに迅速に現地病院の役割を担う医療ベースの設置が重要である。しかし、従来のハイメディック型救急車両や大型トラック等を架装した災害用高規格車両は、その価格が数億円から数十億円と非常に高額となるため、地方自治体での導入は難しい。さらに、機動性においては、その大きさが支障となり、災害等における道路破損や山間部等不整地での走行が困難である。
そこで、ドクターカーで牽引する小型トレーラー型のモバイルICU(試作1号機)の開発をした。これは、エンジン等の動力を必要としないため低コストである。また、走行時はテント部を収納できるためコンパクトであり、不整地等における走破性も高く機動性等においても有利である。さらに、車両総重量が750kg未満としたため、牽引免許も必要なく普通自動車運転免許証での牽引が可能であった。この試作1号機で、医師による検証実験を繰り返し、ドクタカードライバーによる牽引テストを行った。その結果、処置室となるテントの展開性と、牽引時のドライバーの負担が指摘され、それらを克服し、より軽量化を施した2号機の開発を行った。しかし、当局から、「本県における牽引による緊急走行の前例がなく、違法ではないが良いとは言えない。」との指摘があった。また、共同研究先である、八戸市立市民病院側からも、牽引での緊急走行を心配する声があった。
3. ドクターカーV3の開発
コンセプトを大幅に変更し、自走型の移動型緊急手術室の開発を行うこととした。今明秀副院長のこだわりの1つに、「格好がいいこと」があった。マイクロバスやパネルトラックを架装することも考えたが、その条件を満たさず、ミニバンを架装することとした。
ドクターカーV3は、車両後方へ2m×2mのテントを張りだすことで、PCPS(人工心肺補助装置)等を使用した高度な救命処置をおこなうために必要なスペースを確保した。高度な医療を実現するためには、医師が患者の頭部?両側面の3方向からアプローチをする必要がある。こうして、高度な救命処置をおこなう広いスペースと格好の良さを両立させたドクターカーV3が誕生した。
ドクターカーV3の具体的用途は、ドクターヘリが運航できない夜間や荒天時等における救急医療現場での使用を想定している。特に、救急医療体制が整備されていない地域においては、患者搬送中に容態が急変することも珍しくない。そこで、ドクターカーV3を搬送中間点の消防署等に待機させ、医師がPCPS等による高度な救急医療を行うことにより、救命率や社会復帰率が格段に向上する。また、総務省消防庁主催の「平成26年度緊急消防援助隊北海道東北ブロック合同訓練」や青森県内における様々な防災訓練での医師による検証実験においても、ドクターカーV3の有効性が立証されている。
2010年3月29日から2015年3月31日現在における、八戸ドクターカー出動事案は4364例である。八戸市立市民病院救命救急センターから患者接触までの走行距離が30km以上の事案は64例(1.5%)について移動緊急手術室の有効性を救急科専門医が2名以上で判定をした。
判定基準は、従来法としてのドクターカー出動による緊急処置と陸送、病院到着後の手術では救命が望めないが、移動緊急手術室が運行され現場で手術処置ができたと仮定し、八戸市(人口23万人)1例、八戸市以外の小規模市町村63例の計64例救命の可能性があるものを有効判定した。その結果、心肺停止事案8例中心筋梗塞の57歳の男性患者と43歳の心疾患患者の2例、外傷事案23例中交通外傷の73歳男性患者に有効であったと判定された。
4. ドクターカーV3の運用開始
平成28年7月1日、ドクターカーV3の運用が開始された。八戸市へドクターカーV3を寄贈してから、運用許可がおりるまでに1年を要した。医療法では、ドクターカー等での、院外における手術が想定されていないからである。加えて、マスコミを中心に、本研究が移動型緊急手術室と呼ばれるようになり、この手術室という言葉に行政が慎重になったからである。
このドクターカーV3の運用によって、救命率や社会復帰率が向上することを期待したい。さらに、南海トラフ巨大地震や首都直下型地震等が予想される昨今、青森発のドクターカーV3を全国へ発信し、災害医療においても多くの命を救うことを願っている。
そして現在、学生達と共に、処置室となるテント部に汎用性を持たせ、災害時における悪路走破性を向上させるカスタマイズを施した「ドクターカーV3プラス」の開発に取組んでいる。
5. 最後に
本研究開発に際し、ご指導頂いた八戸市立市民病院の今明秀副院長はじめ、多くの皆様、また、資金援助を頂いた青森県商工労働部新産業創造課様、青森銀行様に衷心より感謝申し上げます。

~運用開始となったドクターカーV3~

~学生たちによるドクターカーV3運用に向けた最終調整の様子~